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相次いで映画化されるアメコミヒーローについて [雑記]

前回WONDER WOMAN」の感想に際してDC Extended Universe(DCEU)のスケジュールを確認していたら再来年公開予定のタイトルに興味深いヒーローを見付けてしまいまして、そのまま綴っていたら本題から大幅に逸れてしまいそうだったので改めて投稿します。

さて前回 私が気付いたその興味深いヒーローは、その名をShazam<シャザム>!といいます。
名前つか呼称に感嘆符が付いてることも疑問ですが、正直なところそんな程度で興味を引かれたりはしません。気になるのはもうひとつの呼称で、Captain Marvel<キャプテン・マーベル>というのだそうです。私が見たWikipediaだと登場する主なヒーローの呼称は「キャプテン・マーベル」であり「SHAZAM!」はむしろタイトル扱いでしたし、公式ページもShazam!のキャラクター紹介ページでありながら「Alias/Alter Ego(≒別名/別人格)」欄には「Captain Marvel」と記されてます。
だからこそ私はその異常性に気付けたのですが、「Marvel」と申せば今回話題に挙げているDCと双璧をなすアメリカンコミックの大出版社MARVELを連想せざるを得ません。DCコミックのヒーローなのにMARVELってことはつまり、集英社のコミックに小学館講談社の誌名を冠した主人公を登場させてるようなものなのです。←普通に考えたらあり得ないですよね?だからこそ興味を引かれたのです。

そして改めて「CAPTAIN MARVEL」または「キャプテンマーベル」で検索すると今度はぜんぜん雰囲気の違うMARVELの女性キャラクターばかりがHitして、その女性キャラクター版「CAPTAIN MARVEL」も再来年の劇場公開が話題になるほど有名みたいなんですね。
まぁMARVELにCaptain Marvelが在籍するのは納得できるのですが、なぜライバルのDCにもCaptain Marvelが在籍してるのでしょう?しかもほぼ同タイミングで映画公開されるなんて尋常じゃありません。
(C) WIZ/DC / MARVEL

アメコミは日本のマンガと違ってそのタイトルやキャラクターの知的所有権(IP)は出版社が抑えていて、作家は飽くまでその出版社の所属なのだそうです。つまり日本のマンガ業界にアメコミ式ルールを当て嵌めると、社命が下れば鳥山明の許可を得ずに尾田栄一郎が「ドラゴンボール」の新作を描いちゃったり永井豪の許可を得ずに諫山創が「デビルマン」の新作を描いちゃったりといったことが普通だそうなのです。
そのためアメコミキャラクターは同じキャラクターであっても出版された時代(≒アーティスト)によってぜんぜん雰囲気が違うことが普通にあって、
(C)DC

ちなみにコレ↑ぜんぶ同一人物だそうなのですが、衣装はともかく顔も雰囲気もぜんぜん違いますよねw

逆に仮にその作家の手によるものだとしても、余程の理由がない限り別の出版社から同名タイトルが出版されることはありません(←ちなみに日本だと作家にも権利があって、極端な例ですが永井豪は講談社~日本文芸社そして新潮社と出版社を変えながら大作「バイオレンスジャック」を連載し、講談社版と日本文芸社版を再構成した完全版中央公論社から出版されてるのだそうです)

ではなぜDCとMARVELの両社に「Captain Marvel」と呼ばれるスーパーヒーローが在籍するのでしょうか?
例えばSupermanの本名はKal-Elで日常は養父母が名付けてくれたClark J. Kentの名で生活しているのに対し、「超人」を意味するその呼称はスクープ記事の見出しがそのまま定着した設定になっています。Batman(=Bruce Wayne)Wonder Woman(=Diana)など他の形容詞的呼称のヒーローもおそらく同様でしょう。
marvel」には「驚異」「不思議」といった意味があるので、従って「Captain Marvel」は「すんげぇ隊長」「不思議な隊長」といった意味の通称?と受け取れなくもありません。他のヒーローと同様に形容詞的な呼称ですから、DCとMARVELの作家が偶然 同じ名前を思い付いたということでしょうか?
或いはもしかしたら汎用的な詞から成るキャラクター名はIPとして認められないのかも知れませんね。超人を意味する「Superman」はどうしても青タイツに赤ケープを纏ったあのヒーローを連想させてしまうから後発のヒーローは超人であっても敢えて名乗らなかっただけで、内容や設定が重複しなければMARVELや他誌にも別個のSupermanを登場させられるのかも知れません(←ちなみに「仮面ライダー」にはオリジナルの怪人としてSpider-ManBatmanが登場してますw)

でもさすがにコミックタイトルまでは厳しいのでは?だからDCはタイトルを「SHAZAM!」に変えた?←いいえ違います。
では改めて同じ画像を貼りますので見較べてみてください。
(C) WIZ/DC / MARVEL

左側のDC版はクラシックな画風であるのに対して右側のMARVEL版はCG彩色による現代的な画風ですが右上に「#1」と記されてますよね?つまり第1話または第1巻てことで、明らかにMARVEL版の方が後発ということが判ります。にも拘らず先達と思しきDC版が改題しているという…?

実はコレには訳があって、もともと左側の「CAPTAIN MARVEL」(とその派生作「THE MARVEL FAMILY」)は1939年だか'40年だかにFAWCETTという出版社が「SUPER MAN」の人気に肖って創作したコミックだったらしく、後発でありながら当時は「SUPER MAN」を凌ぐほどの人気を博してしまったのだそうです。
そのためかCaptain Marvelはその似てないこともない容姿や能力を盗作としてDCに訴えられ、せっかくの人気を博しながら1950年代にはトーンダウンして廃刊に追い込まれてしまったのだそうで、1970年代にその権利を取得したDC誌で復活してSupermanと共演を果たしてるのだとか。←なんかヤヤコシイですね;
superman vs captainmaevel.jpg

でも本当にヤヤコシイのはここからで、元祖「CAPTAIN MARVEL」が廃刊に追い込まれDCから復活するまでの1957年に、それまでTIMELY~ATLASと変遷していた出版社が社名をMARVELに変更してしまったようなんですね。上述の通り「maevel」は「凄い」とか「不思議」といった意味で元から存在した形容詞ですから、社名として名乗ることに何の問題もありません。
で確認してみたところMARVELに社名変更される前の同社キャラクターで現在まで生き残っているのは1941年に登場したCaptain Americaくらいしかなく、MARVELを代表するSpider-ManFantastic Fourは1961年・X-MENIron Manは1963年と何れも社名変更後に初登場しているのだとか。
対してDCを代表するSupermanは1938年・Batmanは1939年・Wonder Womanは1941年にそれぞれ登場しています。
つまり社名取得した頃のMARVELは弱小とまでは申さないまでも少なくともヒーローコミック出版社としてはDCより遥かに弱小であったことが窺えます。上述の通り「MARVEL」を名乗ることに制約はなく、係争中だったDCやFAWCETTからすると弱小出版社がMARVELを名乗ったところで然ほど気に留めなかったのかも知れません。
そして元祖Captain Marvelの活動休止中に活動を開始したヒーローがMARVELの社名を冠したCaptain Marvelなのですが、このCaptain Marvelは上で紹介した右側の女性ではなく、取って付けたようなMar-Vellという名の男性宇宙人だったようです。
CaptainMarvelformarvel.jpg

こちらのCaptain Marvelは1967年に登場してるのだそうで、上述したDCとFAWCETTの「CAPTAIN MARVEL」訴訟やDCがIPを買取るまでのタイミングを考慮しますと、やっぱり元からある詞から成る呼称では占有権を得られなさそうです。その素性はSupermanと同じく宇宙人のようですが地球に訪れた理由は避難ではなく諜報活動であり、また容姿を大きく変えられているために同名だったFAWCETTはともかく内容で訴えていたDCは口出しできなかったのではないでしょうか。←つかこちらのCaptain Marvelは敵が放った毒ガスから癌を発症して病死しちゃったらしく、その遺伝子を継いだ息子が跡を継いでるのですが、2代目Captain Marvelではなく「光子」を意味するPhotonと呼ばれてるのだそうで、この辺りにも裏事情が垣間見える気がします。
じゃ上で紹介した女性キャラクターは?となりますがこちらは2006年から始まったリブート版のCaptain Marvelだそうで、タイトルこそ「CAPTAIN MARVEL」ですが中身は「MS. MARVEL」の模様?その主人公だったCarol Danversが初代Captain Marvelの死を受けて2代目を襲名しているのだそうで、対して現在のMs.Marvelは前記Carolに憧れていてある事件で偶然超能力を得た女子高生Kamala Khanが勝手に自称してしてるのだとか(←ヒーローならではの悲哀を感じられない設定が現代っぽいですが、これも裏はゴタゴタしてそうな経緯ですよねw)
で話を本題に戻して訴訟後DCに権利を取得された元祖Captain Marvelの方は、変身の掛け声「SHAZAM!」のタイトルで活動再開することとなり、またその掛け声で呼ばれてもいるのだとか。つまり呼称の感嘆符はその名残のようでなのです。
MARVELからすれば自社名を冠したスーパーヒーローですから取り下げる気はないでしょう。対するDCの立場からすればさすがにライバル社名は名乗らせたくないのでしょうけれど、でも元祖のプライドによるものなのか旧来の呼称が浸透してしまってるためなのかCaptain Marvelの呼称は未だ健在で、そのため両社に異なるCaptain Marvelが在籍するという異様な事態に至ってしまっている模様です。

正直なところ今回気付くまでこんな数奇な運命を辿ったヒーローが存在していたことを識リませんでした。
私はずいぶん昔(←たしか中高生頃)に「MS. MARVEL」の邦訳版を購入して読んでいるはずなのですが、そちらに例え呼称だけでもCaptain Marvelが登場したのかどうかは記憶が曖昧で、女性だけ未婚(Miss.)と既婚(Mrs.)を区別されていることを否定し総括的に女性を表す「Ms.」の呼称があることと、イニシャルをニックネームとする文化があることを識った以外は殆ど覚えてません。
どういうことかと申しますと、そもそも特にヒーローもののアメコミって大人っぽい画風ではあるものの所詮は子供向けの印象で、映画やアニメを意識してストーリーに重点を置いた手塚治虫を祖(←日本を代表するヒーロー作家 石ノ森章太郎も手塚チルドレンの1人)に成熟してきた日本のマンガほどストーリーに抑揚がなくあまり印象に残らないんですね(←と自分の曖昧な記憶力を擁護してみる;)
そのため「アメリカンコミック」と申しながら私がコミックで読んだものは殆どなく、識ってるアメコミヒーローの大半は映像化された作品が大半です。
例えばChristopher Reeveが似合い過ぎだった「SUPER MAN」のデートシーンは男子小学生ながらハートを射抜かれてしまいましたし、さらに幼い頃は夕方に放送されていた輸入アニメ枠やなぜか特撮ヒーローに魔改造されていたSpider-Manが一番お馴染みのアメコミヒーローでした。


そんな私ですが、大人になってから継続的に読んだアメコミもありました。それは、従前の常識を覆す造形で当時日本でもアクションフィギュアブームの中核を担った「SPAWN」です。
「SPAWN」は、それまでDCやMARVELにアーティストとして在籍していたTodd McFarlaneが、コミックの権利が作家ではなく出版社だけに帰属するアメコミ界に楔を打ち込むべく同志と共に興した(元!→)インディーズレーベルIMAGEがら出版した1992年初登場の新興ヒーローおよびそのコミックタイトルです。
SPAWNは元は優秀な工作員ながら既に死んでおり&地獄の使者として復活し、来たるべき天界との決戦に備えて戦力を増強するために現世の極悪人を地獄送りにする←という斬新な発想と日本マンガ的な技法を取り入れたことでアメコミ界に新風を吹き込んだのだそうで、なんと出版社の枠を乗り越えた「the Dark Knight」Batmanとの共演がIMAGEはもとより古巣の大メジャーDCからも出版されるほどの人気を博しました。
日本では確かフィギュアの輸入販売権が大手に移った頃にブームが一段落してしまいまして、大人の事情に因るものなのか翻訳版も発売が途絶えてしまったためにその後の展開は判らなくなってしまったのですが、そのブームが最高潮に達した頃には劇場版が「めざましテレビ」で紹介されるほどの話題になってます。←当時としては最先端のCGを駆使されていて評判だったのですが、現在にして思えば地獄の描写などは内容に技術が追いつけてませんでしたね;
当時McFarlaneは続編にも意欲を見せており明らかに続編を意識されたシナリオだったのですが、あれから今年で20年経ちます。

なぜ今さらこんな話題を取り上げたのかと申しますと、昨今のリブートブーム&アメコミヒーローブームに「SPAWN」も乗っかることになったようで、公式ページに告知を見つけることができたからです。
(C) McFarlane

いやぁコレ、本気で嬉しいです。
「SPAWN」は上述した通り原作者であるMcFarlaneがその権利を抑えてますから、つまり予算や技術が許す限り原作者の意向が反映されるはずなんですよね。
上述した通り1997年の劇場版は消化不良気味だったので、今度こそ見応えある「SPAWN」の映像化を実現して欲しいと切に願います。


さて…ここまで来て気付いたのですがDCEUはもとより「SPAWN」にまで振れておいたくせに、既に展開されているMarvel Cinematic Universe(MCU)の説明が漏れてましたね;
こちらはその名が示す通りMARVELコミックの世界観を共有した映画群で、極論してしまえばDCEUのパクリ元のようなプロジェクトです。
コチラは既に16作が公開済みで判明しているだけで6本が制作中という超巨大プロジェクトなのですが、残念(?)ながら私にとってはフィギュアで見覚えある程度だった「IRON MAN」を皮切りに「HULK」「THOR」「CAPTAIN AMERICA」とあまり馴染みないタイトルが続き、「MARVEL'S THE AVENGERS」が公開されて一連の作品だったと気付いた頃にはもう手遅れ。少なくとも私は途中参加する気になれませんし、だからと申して興味ないヒーローの映画を見返す気力もありませんでした。
対するDCEUは何の予備知識もなくBatmanの無謀な挑戦を見物に行ったらたまたま前に見ていた新生「SUPERMAN」から続く話であることに気付き、そこに懐かしいWonder Womanが装いも新たに颯爽と登場して「仲間を集めるゾ」なんて言ってくれたことでこのプロジェクトの存在を識って現在に至ってます。つまり私の場合はそもそもが馴染みあるSupermanやBatmanのおかげで自然に入れ&継続して見れている理由だと思います。
その観点から申しますとMCUは「IRON MAN」よりも、世界的にメジャーな「SPIDER-MAN」を皮切りにすべきだったんじゃないかと思いますね(←どうやらX-MENは次の予定があるようでAvengersに合流できないようですし)
つかこんなこと申したら失礼かもしれませんが、MARVELはなんであのタイミングに単独で「SPIDER-MAN」をリブートしちゃったのでしょう?MCUのタイミングを思えば続編カメオ出演させるだけでも充分だったのに…?
逆に今回 改めてMCUに含まれたおかげで映像版「SPIDER-MAN」はこの15年だけで2度目のリブートを迎え食傷気味になってしまいましたし、さらに3代目となる「: HomecominG」の告知ではTony Stark(=Iron Man)を目立たせてしまったためにシリーズ感を演出し敷居を高めてしまいました。←これじゃMCUファン以外は見る気が失せちゃうのでは?
それとDCEUとMCUの作品一覧を較べてみれば判ることなのですが、残念ながらMARVELは少なくとも日本ではコンテンツ力に劣ります。
喩えマイナーでも映画が公開されることで知名度を稼げればコミックの販売数を稼ぐチャンスですし或いは相乗効果も狙えたはずなのですが、少なくとも私の行動圏ではMCUヒーローの邦訳コミックが陳列されいるところを見掛けた覚えがありません。
「SPIDER-MAN」はともかくただ「アメリカでは有名」ってだけで映画を見せようとする姿勢がどこまで受け入れられるものなのか。少なくとも「X-MEN」は終わったんだか続いてるんだか判らないシリーズ展開のために客離れを招いちゃいましたよね?せっかく日本に媚びた作品まで創ったのに。
対するDCEUは前作の続編企画が頓挫してしまったスーパースターSupermanをリブートした際に企画を臭わせといて、Spider-Manに負けず劣らずリブートされているBatmanは敢えて狂言回し的な立場に据えて、Wonder Womanを意外なタイミングで登場させて脚光を浴びさせたりヴィランの立場から描いてみたり、伏線とは別に端役で登場した他のヒーローをBatmanやWonder Womanに捜させることで興味を持たせたりと話題づくりが巧いですし、現状は伏線さえ見当たりませんが今回紹介した「SHAZAM!」は本国じゃ「SUPERMAN」に勝るとも劣らない人気を誇ったほど面白いんでしょ?
メジャーなキャラクターの訴求力を利用してマイナーキャラクターの知名度を充分に稼いでから主役に据える手口は小憎らしいほどです。だって私「JUSTICE LEAGUE」は絶対見に行く所存ですし、よく識らない「AQUAMAN」や「SHAZAM!」だって最悪でもVODWOWOWで見ちゃうでしょうし、むしろ殆ど識らないくせに「THE FLASH」がスケジュールにないことに疑問を覚えちゃうほど気になっちゃってますもんw
タグ:spawn DCEU
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